ゲームと音楽を奏でることとイタリアが大好きなOL★えびっちデイジーがほぼ日刊でお送りいたします!!


by dolcevita-vogue
カレンダー

2006年 08月 10日 ( 1 )

今日も、札幌は暑かった・・・32℃。でも、クーラーがガンガンかかった
会社でバリバリ働きました。カーディガン身に着けちゃった。
クールビズって一体・・・?
昨日、エビちゃんの最新デジカメをGETして来月から分割払い(>_<)
でもこれで心置きなく。12日から東京でグラビア撮影☆ウフフー

さて。
毎年この時期になると、戦争の番組が数多く放送されますねー。
あたしは、きっと同年代の人よりも、あの戦争に対しての思い入れが強い方だと
思う。だから結構見てしまうし、泣いてしまうんです。
火垂るの墓とか、号泣して見られないし
かわいそうな象 も泣いちゃう。

靖国神社参拝したり長崎に旅行した時も、原爆資料館に行ったり、
沖縄に行ったときもひめゆりの塔に行ったりする私は
フツーの20代の子にしては珍しいかもね。

前のブログにも書いたのですが。

祖父が、兵士として戦争に召集されて、満州に渡り、そこで捕虜となり
シベリアに抑留されていたから。なんとなく、近く感じてしまう。

Wikipedia シベリア抑留(シベリアよくりゅう)とは、第二次世界大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)末期にソビエト連邦軍の満州侵攻によって生じた日本人捕虜(民間人、当時日本国籍者であった朝鮮人などを含む)を、主にシベリアやその他の地域に抑留し、強制労働に使役したことを指す。


戦いで消耗した体力に、劣悪な食事、慣れない極寒のしばれと重労働。
疲労による病気や伝染病、栄養失調、逃げようとして銃殺されたりし、尊い命を落とす人も
たくさんいたようです。
祖父が抑留生活を終えて、日本に帰国できたのは昭和25年。
そして、その2年後に父が生まれた。
祖父がもしあの戦争で亡くなっていたら??私はここにはいないんだな・・・(>_<)

そう思うと、私は、同じ時代に命を落とされた方たちに祈りを捧げずにはいられない。
祖父は私が3歳の頃に亡くなったから、戦争の話は聞けなかったけど・・・
優しい笑顔は忘れない。きっと、いろんなつらいことを乗り越えたから、
あんなに優しい顔ができたんだと思う。

もう二度と、悲劇を繰りかえさないように、
何十年たっても、語り継いでいかなければね。
いつか私に子供が生まれたときも、ひいおじいさんの話をしてあげようっと。
[PR]
by dolcevita-vogue | 2006-08-10 01:07 | つれづれ